皆様は、ふと疑問に思ったことはありませんか?
なぜ、お酒を楽しむこの場所を「BAR(バー)」と呼ぶのでしょうか。
英語の辞書で「Bar」を引いてみてください。
最初に出てくる意味は「酒場」ではありません。 「棒」「横木」「障害物」といった意味が出てきます。
お洒落な大人の空間であるはずの場所が、なぜ「棒」なのか。
そのルーツを辿ると、荒々しくもエネルギッシュな、ある時代の物語が見えてきます。
今回は、知っているとお酒が少し美味しくなる、バーの発祥と歴史のお話をいたしましょう。
語源は「身を守るための棒(バリア)」

時計の針を、19世紀のアメリカ、西部開拓時代まで巻き戻します。
カウボーイや荒くれ者たちが集まる酒場での光景を想像してください。
当時のお酒は、今のように綺麗なボトルに入っているわけではなく、大きな「樽」に入っていました。
酔っ払った客が勝手に樽からお酒を汲んだり、喧嘩を始めたりするのは日常茶飯事。
そこで、店主は自分自身と大切なお酒(樽)を守るために、客席との間に「一本の長い横木(丸太や板)」を渡して仕切りを作りました。
「ここから先は入ってくるな」
つまり、カウンターは元々、店側と客側を隔てる「防御壁(バリア)」だったのです。
この横木(Bar)がある場所だから、「BAR」と呼ばれるようになった。
これが最も有力な説です。
今、私とあなたの間にあるこの美しいカウンターも、歴史を辿れば「砦(とりで)」の名残りなのですね。
【明日話したくなる】バーにまつわる3つの豆知識

バーの歴史には、他にも面白いエピソードがたくさん隠されています。
その中から、明日誰かに話したくなる3つの豆知識をご紹介しましょう。
1.カウンター下の「足置き」の正体
カウンターに座ると、足元に金属や木のパイプ(フットレール)がありますよね。
足を乗せると楽な姿勢がとれる便利なものですが、あれも西部時代の名残りだと言われています。
当時の道は舗装されておらず、泥だらけでした。
馬に乗ってやってきたカウボーイたちのブーツも当然泥だらけ。
そのままカウンターに寄りかかると、カウンターの下部が泥で汚れてしまいます。
そこで、「泥のついたブーツを置くための場所」としてレールが設置されたのです。
今度バーに行ったら、足元のレールをそっと踏みしめてみてください。
荒野を旅したカウボーイの気分になれるかもしれません。
2.カクテルの王様「マティーニ」と銃
バーといえば「マティーニ」。
この有名なカクテルの名前の由来には諸説ありますが、その一つに「ライフル銃」説があります。
かつて「マティーニ・ヘンリー」という強力なライフル銃がありました。
ジンとベルモットで作るこのカクテルがあまりにも強く、飲んだ時の衝撃が「ライフルの反動(キック)のようだ」ということから名付けられた……という説です。
(※諸説あり、イタリアのベルモットメーカー説や、マルティネスという街の名前説もあります)
優雅なカクテルの裏に、そんな物騒な物語が隠れているのもバーの面白さですね。
3.日本のバー文化は「道」になった
欧米において、バー(パブ)はもっと賑やかで、社交の場としての側面が強いものです。
しかし、日本に入ってきたバー文化は、独自の進化を遂げました。
静寂、氷を削る音、所作の美しさ、おもてなしの心…
日本の「オーセンティックバー」は、まるで茶道や華道のように、精神性を重んじる「道」のような文化へと洗練されました。
世界中のバー愛好家が、日本のバーテンダーの技術を見に来るのは、この独自の美学があるからなのです。
神戸三宮で78年|歴史の生き証人「SLICE BAR」

SLICE BARが神戸三宮に誕生したのは、1947年(昭和22年)。
戦後の混乱期から、復興、そして現代へと続く時代の変化を、このカウンター越しに見守ってきました。
創業から78年。
「お客様との仕切り」として始まったBAR(棒)は、いつしか「お客様と私たちを繋ぐ架け橋」になりました。
店内の少し煤(すす)けた柱や、使い込まれた椅子には、数え切れないほどの夜の物語が染み込んでいます。
ピカピカの新しいお店も素敵ですが、この「時間の堆積」だけは、一朝一夕には作れません。
歴史というスパイスを味わいに
いかがでしたか?
「ただの棒」から始まったバーの歴史。
その背景を知って座るカウンターは、いつもより少し味わい深く感じられるのではないでしょうか。
足元のレールに足を乗せ、歴史に思いを馳せながらグラスを傾ける。
そんな大人の楽しみ方ができるのも、オーセンティックバーの特権です。
今夜も変わらず、私たちは「横木(Bar)」の向こう側で、グラスを磨きながらお待ちしております。